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2月17日 UCIロード改革 

 UCIのロードの大改革が始まっている。UCIは、トラック競技の方もロードのやり方を見て、メジャー化を目差すため頑張っている。その意味でも、UCIロード行政?の行方はチェックが必要だ。この改革はUCIプロツアーを頂点に、メジャー大会、チーム、ポイント制度などを大幅に見直すもので「改革」というより、新しく別なものを「創設」したとも言えるほどの内容だ。特にUCIプロツアーは超プレミアムレースとなる。エリート選手達の少数精鋭により、経費をかけずに効率的にメディア対策を行うためか。メディア露出がスポーツの底辺拡大、人気の拡大に一番大切なのはよくわかるけどね。また、コンチネンタルサーキットとして各大陸毎の大会、ポイントを位置づけ、世界的メジャースポーツロードとしての足場を固めようとしている。

 以下はヴェロマガジン誌(2月号 P26〜27)に書かれてあったことの抄訳です。いろいろ議論の多い部分なので、参考までに。

  UCIプロ・ツールについて色々なことが書かれ、先入観がたくさんある。それらの主張の中から正しいのと、間違っているのを区別してみた。 記者:ジル・ル=ロック

  1)お金の問題だ。 正しい。しかし、自転車スポーツの金銭上の健全と利権あさりと混同してはいけないだろう。ちゃんとした規模の大きい自転車スポーツ・プロ・チームを長期にわたって設立できるように、UCI会長のハイン・バーブルーゲンは例のライセンスを諸チームのマネージャーたちに売ることにした。そのマネージャーがライセンスを購入できたのは、スポンサーたちが皆、割増金を与えることに賛成したおかげである。それは、プロ自転車スポーツの本当のボスは相変わらずスポンサーたちであることを示している。彼らの金銭上の努力に対して「感謝の意を表す」ために、UCIがメディアによって一番よくカバーされるレースへの参加を保証する。特にツール・ド・フランスのことだ:世界の一番大きなレースだけが重要だから。例えば2003年にジャン・ド・ラ・ツール・チームが参加できるようにフォナック・チームがリストから除去されたように、ASO社が、あるフランスのチームの方が有利になるために勢力のあるスポンサーの存在を無視できる時期の終りである。確かに、その4年間の凍結はお金の問題であるが、その理解の仕方は違う、逆だと言ってもいいかも知れない。金銭上健全な会社に19のライセンスを与えてから、UCIプロ・ツールのメンバー構成を凍結することで、自転車スポーツ世界審議会は、野心に合う手段を持たない「つまらない」スポンサーの拒絶を保証する。

  2)アームストロングやウルリヒは前より多くのレースに出場するようになる。 間違い。UCIが最初に作成したルールでは確かに一番優れた選手に対して最低のレース出場回数を押し付ける予定だった。しかし、その考え方はますます大きくなる対ドーピング政策や、労働の自由に関する規則に反するものだと思われた。結局、採用された19のチームがカレンダー上の27のレース、どれ一つもサボることが出来ないが、それらのレースにはチームの一番優れた5人の選手の中から2人を参加させることが要求される。要するに、ランス・アームストロングが、もしそうしたければ、相変わらずツール・ド・フランスに集中し、それに備えるためにUCIプロ・ツールの他のレースにいくつかに出場することができる。一方、他の2つ大きなツール(区間レース)にも、ほとんどのクラシック・レースにも、シーズンの終盤にも参加しなくても済む。

  3)若手選手の養成が損害を被る。 間違い。採用されたチームのメンバー構成を読むだけで、選手集団のはっきりした若返りが分かる。いくつかのチーム(ラボバンク、ラ・フランセーズ・デ・ジュ、ブイグ・テレコム、オスカディ、ドミーナ・ヴァカンツェ、バレアール諸島・バネスト)が若手選手に、新しくプロになった選手に大したスペースを与えた。その若者たちはどうせ、それぞれの国のカレンダーの、UCIプロ・ツールのほど難しくないレースに出場することで自分の仕事を習うことができる。その若返りにもう一つの理由がある:それは30代の選手が大勢、キャリアーにピリオドをつけたことである。ある時期の終りだ。でも、40人以上の優れた選手が選手集団から離れるというのは、若手選手に同じ数のチャンスが与えられているということだ。

  4)「村(地域)レベル」のレースがなくなる。 正しい。「村レベル」のレースが(UCIプロ・ツールのに比べて)下位のレースだと思えば、その通りだ。UCIプロ・ツールの中に入らないレースのメディア化が少なくなるのが当然のことだ。少なくともフランスとスペインで。だから、はい、テレビなしで、リーダーを含まない出場者のリストでは主催者の一部が自分の計画を売るのには苦労するだろう。しかし、今までも、例えばフランス・カップのレースに世界レベルの優れた選手が参加するのが珍しかったのを認めなければならない。要するに、変わることがないと言えるだろう。問題があるとしたら、それは主催者とスポンサーの一部のエゴによる問題だろう。一方、「町の」レースが若い選手に力を育てる機会、自転車スポーツの競技はどんなものであるかを理解する機会を与えるなら、UCIプロ・ツールのレースが、若者に自分がそれに向いていると思わせて、「村(地域)レベル」のレースに再生させてくれるだろうと希望すべきだ。それは夢物語かなー?

  5)ドーピングに対して闘う方法である。 正しい。倫理規範がとうとう作成されるのにはUCIプロ・ツールの創立まで待たなければならなかった。全てのチームがUCIの法律家、ヴェルビースト先生の筆による力のある文書を承認した。強いドーピング物質を消費したと認められた選手は2二年間の停職処分を受けた上、UCIプロ・ツールに再び参加できる間ではあと2年間待たなければならない。まるで、そのような過ちをした選手のキャリアーの終りだとほとんど言えるだろう。過ちの事実性を確認する前に、テストの陽性が発表されると、場合によって求められる再鑑定の前でも、すぐにチームが当事者を停職処分にしなければならない。同様に、特に警察監置などのかたちで、ある事件に巻き込まれたどの選手も姿を消さなければならない。その反面、コンティネンタル・レースのカレンダーがインチキ者の復帰場所になる懸念がある。それに対して、UCIプロ・ツールが信憑性のある競技を提供できるのが希望される。特に、寛容過ぎる、マネージャーの一部が見ないふりをして、あえて貴重なライセンスを失う危険を冒すことが出来なくなるから。


 

 
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